5

―せんせい。


「…んあッ…」



―ねえ、せんせい。



「ふ、あ…」





快感に溺れる。
でもそれは、決して甘い快感なんかじゃなくて。


ただの苦痛。



「ひゃッ…やぁ…」



男が頻りに腰を動かす中で、
俺の脳裏をよぎる、青い空。


あまりにも高すぎる。綺麗すぎると、
あのころは二人で、笑い合っていた。


俺たちは、似ていた。


悲しいくらい、似ていたんだ。




「あッ…んやぁ…ふ、は…」



男が俺の腰をなぞる。
深く入り込む快感は、あの頃、深く心に入り込んでいた痛みに似ている。



せん、せい…。



これじゃあ空が高すぎる。

これじゃあ太陽が眩しすぎる。




「んはッ…や、も…ひやぁあッ…」



何度目かの絶頂を迎えた時、うっすらと涙の幕が張った瞳の奥に、
美しすぎる、青空が見えた。



せんせい。




キュヒョン、せんせい。




俺を、置いていかないで。




 *******




頭から勢いよくシャワーを浴びる。
温いお湯と一緒に零れる嗚咽は、自分じゃないみたいに遠くから聞こえた。


知らない男に、抱かれた。

バイシュンを、やってしまった。



どうだって良かったはずなのに、どうして今更、あの人を思い出すんだろう。








キュッとシャワーのコックを捻る。

ポタポタと体から落ちる水滴をぼんやりと眺めながら、
俺はただ、バスルームに立ち尽くしていた。



「………ヒョクチェ…?」



不意にバスルームの外から声がして、俺は慌ててまたコックを捻った。

凄まじいシャワー音と共に、勢いをつけて、お湯が体にかかる。
あまりの勢いで体中が痛いけど、今はそれどころじゃなかった。


ドンへ…



「ねえ、ヒョクチェ。怒ってるでしょ?」



ドンへ、



「ごめん、俺、最低だよね…」



…ドンへ、




「ヒョクチェのこと、助けたかったのに…」




―俺もだよ、ドンへ。








何かに突き動かされる。

手は勝手にシャワーを止めていて、
足は勝手にバスルームの外へと向かう。



俺は裸のまま、バスルームの引き戸を引いた。

目を曇らせる水蒸気があたりに広がって、その中で、ユラユラと揺れる、
まるで蜃気楼みたいなドンへがいた。



「…っドンへッ…!」



どうしてだろう。

俺は濡れているまま、裸のまま、ドンへに抱き着いた。


悲しそうな瞳が、せんせいに似ているからだろうか。



「…ヒョクチェ?」



心配そうな声色のドンへに、俺はただしがみつく。
ドンへは何かを感じ取ったように、俺のことを抱きしめかえしてくれた。



ずっとずっと、誰かに助けてほしかった。
誰かに、必要とされたかった。


せんせいは、それを叶えてくれなかったから。







だから、ドンへ。


ドンへのことを、俺が助けるから。


俺のこと、ドンへが助けてよ。






「ごめんね、ヒョクチェ…」



そういって俺の背中に張り付く水滴を拭き取るドンへに、
俺は返事もしないで、ただただ「ドンへ」と名前を呼び続ける。

置いていかれたくない。もう、一人にはなりたくない。




「俺とヒョクチェ、似てるのにね…」



そういって悲しそうに笑ったドンへは、ゆっくりと俺の髪を撫でた。
そういえば、せんせいもよく、俺の髪を撫でていた。



なんだかもう、そう思ってしまうと、心の中で何かが止まらなくなる。






―ねえ、せんせい。



「…ど、んへ…」




―キュヒョン、せんせい。





「お願い、だから…」





―せんせい、俺を…





「一緒に、逃げて…」








―置いて、逝かないで…。












空が美しすぎる。あまりにも澄んでいる。


これじゃあ、せんせいが逝ってしまう。















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