外をぼんやりと見つめていた。
昨日とは打って変わって綺麗すぎる空を眺めながら、
でもやっぱり、世界は美しくない、と思った。

昨日ドンへにもらった傘は、丁寧に水気を拭き取って、
きちんとたたんである。
返しに行くわけではない。返しになんて、行けるわけがない。
ただ、ドンへの傘は、大事にしたかった。



―雨に、溶けたい。




一体どうして、彼はあんなことを言ったのだろう。


全てが敵になって、全てから追放されてボロボロになった俺が、
あの日言ったことと同じだ。



だから少し、彼に会いたい。それだけ。




 *******



パシャパシャと水飛沫が自分の歩みにしたがって飛び散るのを、
ヒョクチェはどうでもいいような瞳で眺めていた。


昨日の雨で生まれた水溜りは、今日こうしてはっきりと見える。
でも、俺は違う。
昨日生まれたものは、昨日のままで、今日はもう見えないものになってしまう。



そんなことを考えながら、ヒョクチェは足を速める。
誰も居なくてガランとした商店街を通り抜けると、見えてくるのは、
やっぱり誰もいない古びた公園。

俺はそこまで駆け寄ると、凹みがかかった部分に水がたまっている
ブランコの傍に駆け寄る。
これじゃあ座れない。そう思って踵を返すと、
ふと、見覚えのある制服が視界にチラついた。



「いいか、黙ってついてこいよ。」



ドキリ、と心臓が鳴った。

ヒョクチェは慌てて公園の彫刻オブジェに隠れる。
そっと顔だけを出して制服姿を探すと、何人もの集団であるそれはすぐに見つかった。


公園の前を通り過ぎる集団。
誰かを一人取り囲むような位置で歩くその制服姿は、
ヒョクチェが―― 一番見たくなかった制服、尚文高等の制服だった。


何で、どうして…。


泣きそうになるのをこらえて、何とかその姿たちを目で追う。
もう公園の前を通り過ぎる。そういったところで、ヒョクチェは目を見開いた。



ドンへ、だ。


集団に囲まれるようにして、俯きながら歩くのは、
間違いなく、ドンへだ。



そして、ドンへの横にどっしりと居座るそいつは―――――――








「ドンへ!!!」



気づいたら俺はそう叫んでいて、
あれほど恐怖でしかなかった集団に入り込み、ドンへの腕を掴んでいた。


「………」


ゆっくりと振り返ったドンへは、悲しそうな瞳をしている。
でもそれだけじゃなくて、ヒョクチェはゴクリと喉を鳴らした。


ドンへの左頬に、血の筋が通っている。



「…おい、誰だよお前。」


やけにドスの利いた声がして、俺はハッとなってドンへの腕を離す。
その間にも、じりじりと自分に詰め寄る影。

勢いで此処まで来たものの、今更体中を駆け巡る恐怖心。
俺の顔を探るように見てくる男は、俺が制服ではないことから、
まだ真相に辿りついていないようだ。


それでも、蘇るのは、痣だらけの俺の顔と体。
不気味な怒号、それを聞いて笑う、甲高い声。

そして、俺を見つめる、黒い視線。


消え入りそうな、俺の声。



―――――助け、て…






「……早く!!!」


気が付いたら俺は恐怖から蹲ってしまったようで、
いきなりグンッと腕を引っ張られる。

驚いて上を見ると、
ドンへが必死な顔で俺の腕を引っ張っていた。


「え、ちょ…ぅわッ!!」



見た目からは想像もできないほどの力で引っ張られて、
俺は立ち上がる。
ドンへはそのまま俺の手を引いて、集団を潜り抜けて走り出した。


「ド、ドンへ…!」



ドンへの背中にぶつかる俺の声は、どこかいつもとは違う。
狂ったみたいに『助けて』しか言えなかったあの頃の声とは、違う。

助けてくれた、ドンへは。
黒い海で溺れていた俺を、ドンへは助けてくれた。


俺は何も言わずに、ドンへに引かれるがままについていく。


何処に行ったっていい。

ドンへはきっと、助けてくれる。




気が付けば自分の目から、涙が溢れていた。







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