ドンへの背中を見つめながら、たどり着いたのはマンションだった。
いかにも高級そうな、立派なマンション。
「ここ、俺のうち…」
へらっと力なく微笑んだドンへは、
腕で頬の血を拭った。
どうしてそんな傷ができたのか。
ヒョクチェがそう聞く前に、ドンへが口を開く。
「学校、来てないんでしょ?」
「…え……」
「どうして来ないの?ヒョクチェ」
ドンへの瞳の奥で、アイツらが笑っている。
ドンへはそれに操られた様に、俺を嘲笑う様な目をしている。
―どうして、俺の名前を…
でも、いくらそう考えたって、たどり着くのは一本の道だけだった。
ばれてしまった。気づかれてしまった。
ドンへだけには、気づいてほしくなかったのに。
「…俺のこと、知ってんだろ、全部…」
「違う。全部は知らない。名前だけだよ」
「嘘、つくなよ…」
「嘘じゃない」
「…っじゃあなんでッ…」
何で俺を助けたの―――?
零れた涙は、静かに頬を伝う。
あまりに静かすぎるから、俺は一瞬、時が止まったんじゃないかと思った。
せんせい…――――
もう届かない。絶対に届かない。
せんせい。ねえ、どうして俺を置いていくの――?
「……なか、入ろっか。」
ドンへの手が、俺の背中を包む。
気が付いたら抱きしめられていて、肺一杯に入り込むのは、
そこら辺の高い香水よりも、甘くて優しい匂い。
俺はドンへに支えられるがまま、マンションへと入っていった。
*******
「入って。散らかってるけど…」
苦笑いで俺を招き入れたドンへは、俺の背中をとんっと軽く押した。
それがなんでか分からないまま、首を傾げて俺は部屋に入る。
『散らかってるけど…』
そう言ったドンへの言葉を軽々と飛び越えて、その部屋は足場もなかった。
無残にも散らばる教科書。しわくちゃのまま放置されている服。
食べかけのスナック菓子の袋。転がる栄養ドリンクのビン。
「…お前、よく生活できんな…」
俺がしぶしぶと言うと、ドンへはクスッと笑った。
意外と綺麗に笑うんだな、そう思ってドンへの笑顔を眺めていると、
ドンへはまた、悲しそうに俺を見つめる。
どうしてそんなに悲しい顔をするんだろう。
どうしてそんなに悲しい瞳で俺を見るんだろう。
せんせいが、俺を見つめるときみたいに。
「――俺、ここには住んでないよ」
「…え…」
「俺、売春やってるから。」
バイシュン。
その言葉が、まるで言葉を覚えたての赤ん坊が言っているみたいに耳に入る。
驚きと疑問が入り混じった視線でドンへを見ると、
ドンへはまた、悲しそうに笑った。
「ヒョクチェだって、そうなんじゃないの?」
ドンへが、
ドンへがあまりにも、悲しい瞳で俺を見つめてくるから。
助けて、と、俺に訴えてくるから。
俺はただ、ドンへの目からしたしたと落ちる涙を必死で拭った。
「…やっぱりお前、俺のこと知ってんじゃん…」
「うん、ごめん…」
「何で、嘘ついたの…?」
「…ヒョクチェが、泣くと思った……」
ひくひくと喉を鳴らしながら泣いているドンへに、
俺は何もしてあげられない。
ただ涙を拭ってやることしかできなくて、それがすごく悔しくて。
―――助け、て…
泣いているのは、俺?ドンへ?
俺はまだ、ドンへのことを何も知らない。
知っているのは、
ただ同じ学校の同じ学年ってことと、
学校で何かにあっているということと、
家に帰ってきていないということと、
バイシュンをやっているということ。
そしてドンへも、誰かに助けてほしいってこと。
「ねえ、ヒョクチェ…」
涙でいっぱいになった瞳で、ドンへは俺を見つめる。
やっぱりすごく悲しそうだけど、いつもとは違った瞳だった。
「許して、ヒョクチェ…」
俺がドンへの背中を擦ると、ドンへは只管「ごめん」を繰り返す。
どうして謝るのか分からないから、俺はただ涙を拭って、背中を擦った。
「ヒョクチェ、ごめんね…」
ドンへの涙が、勢いをつけて一気に溢れだした、その刹那。
部屋のドアが、ゆっくりと、重たく開いた。
「……お前が、イ・ヒョクチェか?」
黒いスーツに身を包んだ細身の男が、
いきなり部屋に入ってくる。
驚いて振り向くと、男は仮面をかぶっていて、その表情が見えない。
男は俺の腕を掴んで顔を寄せ、まじまじと舐めるように俺の顔を凝視する。
「よくやった、ドンへ」
男は俺の腕を離すと、仮面をとってドンへを見据えた。
仮面の男は、女じゃないかって程の美人で、綺麗で、俺は言葉を失う。
「…ありがとうございます、ヒョン」
言葉を失った俺の背中に、ドンへの機械的な声がぶつかる。
何も分からない。
ドンへは、助けてほしいんじゃないの?
俺と一緒じゃないの?
ねえ、ドンへ―――
「ドンへ、そいつを連れてこい」
その声にハッとなって俺はドンへを振り返る。
ドンへはまた、悲しそうな瞳で、俺を見つめていた。
いかにも高級そうな、立派なマンション。
「ここ、俺のうち…」
へらっと力なく微笑んだドンへは、
腕で頬の血を拭った。
どうしてそんな傷ができたのか。
ヒョクチェがそう聞く前に、ドンへが口を開く。
「学校、来てないんでしょ?」
「…え……」
「どうして来ないの?ヒョクチェ」
ドンへの瞳の奥で、アイツらが笑っている。
ドンへはそれに操られた様に、俺を嘲笑う様な目をしている。
―どうして、俺の名前を…
でも、いくらそう考えたって、たどり着くのは一本の道だけだった。
ばれてしまった。気づかれてしまった。
ドンへだけには、気づいてほしくなかったのに。
「…俺のこと、知ってんだろ、全部…」
「違う。全部は知らない。名前だけだよ」
「嘘、つくなよ…」
「嘘じゃない」
「…っじゃあなんでッ…」
何で俺を助けたの―――?
零れた涙は、静かに頬を伝う。
あまりに静かすぎるから、俺は一瞬、時が止まったんじゃないかと思った。
せんせい…――――
もう届かない。絶対に届かない。
せんせい。ねえ、どうして俺を置いていくの――?
「……なか、入ろっか。」
ドンへの手が、俺の背中を包む。
気が付いたら抱きしめられていて、肺一杯に入り込むのは、
そこら辺の高い香水よりも、甘くて優しい匂い。
俺はドンへに支えられるがまま、マンションへと入っていった。
*******
「入って。散らかってるけど…」
苦笑いで俺を招き入れたドンへは、俺の背中をとんっと軽く押した。
それがなんでか分からないまま、首を傾げて俺は部屋に入る。
『散らかってるけど…』
そう言ったドンへの言葉を軽々と飛び越えて、その部屋は足場もなかった。
無残にも散らばる教科書。しわくちゃのまま放置されている服。
食べかけのスナック菓子の袋。転がる栄養ドリンクのビン。
「…お前、よく生活できんな…」
俺がしぶしぶと言うと、ドンへはクスッと笑った。
意外と綺麗に笑うんだな、そう思ってドンへの笑顔を眺めていると、
ドンへはまた、悲しそうに俺を見つめる。
どうしてそんなに悲しい顔をするんだろう。
どうしてそんなに悲しい瞳で俺を見るんだろう。
せんせいが、俺を見つめるときみたいに。
「――俺、ここには住んでないよ」
「…え…」
「俺、売春やってるから。」
バイシュン。
その言葉が、まるで言葉を覚えたての赤ん坊が言っているみたいに耳に入る。
驚きと疑問が入り混じった視線でドンへを見ると、
ドンへはまた、悲しそうに笑った。
「ヒョクチェだって、そうなんじゃないの?」
ドンへが、
ドンへがあまりにも、悲しい瞳で俺を見つめてくるから。
助けて、と、俺に訴えてくるから。
俺はただ、ドンへの目からしたしたと落ちる涙を必死で拭った。
「…やっぱりお前、俺のこと知ってんじゃん…」
「うん、ごめん…」
「何で、嘘ついたの…?」
「…ヒョクチェが、泣くと思った……」
ひくひくと喉を鳴らしながら泣いているドンへに、
俺は何もしてあげられない。
ただ涙を拭ってやることしかできなくて、それがすごく悔しくて。
―――助け、て…
泣いているのは、俺?ドンへ?
俺はまだ、ドンへのことを何も知らない。
知っているのは、
ただ同じ学校の同じ学年ってことと、
学校で何かにあっているということと、
家に帰ってきていないということと、
バイシュンをやっているということ。
そしてドンへも、誰かに助けてほしいってこと。
「ねえ、ヒョクチェ…」
涙でいっぱいになった瞳で、ドンへは俺を見つめる。
やっぱりすごく悲しそうだけど、いつもとは違った瞳だった。
「許して、ヒョクチェ…」
俺がドンへの背中を擦ると、ドンへは只管「ごめん」を繰り返す。
どうして謝るのか分からないから、俺はただ涙を拭って、背中を擦った。
「ヒョクチェ、ごめんね…」
ドンへの涙が、勢いをつけて一気に溢れだした、その刹那。
部屋のドアが、ゆっくりと、重たく開いた。
「……お前が、イ・ヒョクチェか?」
黒いスーツに身を包んだ細身の男が、
いきなり部屋に入ってくる。
驚いて振り向くと、男は仮面をかぶっていて、その表情が見えない。
男は俺の腕を掴んで顔を寄せ、まじまじと舐めるように俺の顔を凝視する。
「よくやった、ドンへ」
男は俺の腕を離すと、仮面をとってドンへを見据えた。
仮面の男は、女じゃないかって程の美人で、綺麗で、俺は言葉を失う。
「…ありがとうございます、ヒョン」
言葉を失った俺の背中に、ドンへの機械的な声がぶつかる。
何も分からない。
ドンへは、助けてほしいんじゃないの?
俺と一緒じゃないの?
ねえ、ドンへ―――
「ドンへ、そいつを連れてこい」
その声にハッとなって俺はドンへを振り返る。
ドンへはまた、悲しそうな瞳で、俺を見つめていた。
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