2

靴箱でいそいそと靴を履き替えていると、
校門のところでぼうっと佇んでいるヒョクチェが見えた。

それだけでパッと明るくなる自分の顔。
多分、シウォンはまたため息をつくんだろう。



「ひょ…」


ヒョクチェ!と駆け寄って抱きつきたい。
クラスの友達にされたより強く抱きしめて、
それから、今日、半袖半ズボンでいたことにけちをつけて、困った顔をするヒョクチェに、そっとキスしたい。

そう思って、声を出したのに。


「あ、マジで!?俺なんて今日やっとそのタイムだぞ…」

「はは!だせー!!俺はこないだまた自己ベスト更新したぜ?」

「えー!!お前足速すぎ!」


昇降口を出て駆け寄る途中、俺に気づかないヒョクチェが、
背の高い男と、楽しげに会話をしている。

誰だろうと思って近づこうと思うのに、どうしてだろう。足が動かない。
気づいて欲しくて名前を呼ぼうと思うのに、何でだろう。声が出ない。


こわい、こわい。
ヒョクチェが離れていきそうでこわい。
自分の独占力が、こわい。



「俺も今帰るときだったんだよな…あ!ドンへ!!」


ニコニコと話し続けていたヒョクチェが、ふいに此方を向いた。
嬉しそうに俺の名前を呼んで手を振ったのは、会話が楽しかったからだろうか。


「なんだよ、いたなら呼んでくれればよかったのに…」

「う、ん…ごめん…」

「ま、別にいいけどさ。」



こっちの駆け寄ってきたヒョクチェが、ポンと俺の頭を撫でる。
そうされるともう、さっきまで抱いていた黒い感情なんて一気に消え去って、
心がふわふわと躍りだす。

「またな!」って笑って喋っていた男に手を振るヒョクチェに、「かえろ」と呟いてその手を握ると、少し照れたように頬を赤くして微笑んだ。
嬉しい。すっごく可愛くて、抱きしめたい。
でも、手から伝わる温もりで十分な気がして、俺は心の中で微笑んで、ゆっくりと歩き出した。



 *******



「でさ、それで今日やっと自己ベストでて…」



嬉々と話すヒョクチェに、俺も同じようなニコニコとした笑顔で「知ってる」と答えると、
ヒョクチェは目を丸くして俺を見た。


「は…?何で?」

「ヒョクチェの体育の授業、教室から見てた。」

「え、授業は?」

「ん?聞いてないよ?」

「…はぁ…」


あれ、ため息つかれた。
なんか俺、人にため息つかれやすい人間みたいだ。しかも、おんなじ様な理由で。


「ドンへって、ホント俺のこと好きだな」


呆れたように笑うヒョクチェに、シウォンのときと同じように胸を張って頷くと、
今度はヒョクチェが何故か悲しい顔をする。
瞳がぐらぐらと揺れて、今にも泣き出しそうなその顔に、俺は思わず問いかけた。



「ヒョクチェ?どうしたの?」

「や、何でも…」

「……ヒョクチェ?」


急に立ち止まったヒョクチェは、俯いたまま顔を上げない。
どうしたんだろうと思って顔を覗き込んで頬に触れようとすると、
その直前で腕をヒョクチェに掴まれてしまう。


「ひょく…」

「ドンへ、」

「ん…?」

「ごめん、俺…」


ふるふると腕を掴んだ手が震えだして、
喉の奥から無理やり搾り出したような声をヒョクチェが出す。

ドクリと心臓が脈を打って、背中を鳥肌が走る。
どうしよう。嫌な予感がする。



「俺、もう別れたい…」



涙ぐんだその声に、ゆるゆると掴まれた腕を下ろしたのがいけなかったんだろうか。
そのまま強く、離れていかないように、抱きしめれば良かったんだろうか。



それをしなかった俺は、恐がりで、弱虫なんだ。









スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。